落ちこぼれの僕を救ってくれたのは、インターネットのおかげかもしれない

落ちこぼれの僕を救ってくれたのは、インターネットのおかげかもしれない



僕は小学生の時に落ちこぼれの問題児で、今は教育オタクなのですが、昨日ふと「自分が勉強を好きになったタイミングはいつだったかな」と考えてました。

いろいろ考えた結果、どう考えても、僕の教育を一番変えたのは、インターネットでした。

小学生の時は、勉強とは無縁の落ちこぼれ問題児だった



僕は小学生の時に、本当に問題児でした。

学校の勉強の点数も成績も最悪でした。国語、算数はいつも50点ぐらい。誇れる科目もなく、好きな勉強は?と聞かれても「体育」と答える典型的な勉強のできない子供でした。

おまけに少しADHD気味で、授業中じっとしているのが苦手でした。

通学路の選挙ポスターを破いて学校に持って行ったり、知らない車の排気口に石を入れたり、通学路を通る高級車にどんぐり投げて遊ぶゲームをしたり、近所の公園でエアガンで太極拳をやっているおじさんを狙撃していました。(今思い返すと最悪ですね)


授業もかなり騒いでいました。
ある日、とうとう授業中うるくしすぎて、先生に僕だけ黒板と机くっつけられました。
先生に「ねえ、見やすい?」と嫌味で言われても、「先生の字汚いから近くで見やすくてこの席好き」と言いかえすくそ生意気なガキでした。(あの時のY先生、ごめんなさい)


当時のことを振り返ると、勉強ができない落ちこぼれの僕は、自分の存在意義を、人に迷惑をかけることによって確認しようとしていたのかなと思います。そうでもしないと振り向いてもらえないから。


中学生時代に、インターネットと英語に出会って人生を変えた


中学生になると、シューティング系のオンラインゲームにはまり、そこで英語に触れるようになりました。


そのゲームでは、オンラインでめっちゃ強い外人がいて、その人はヘッドセットを使って話していました。自分も技術をパクりたいと思って、ヘッドセットを使ってよくわからない中一レベルの英語で話しかけてみましたがガン無視されショック。英語を話せるようになりたいと思って、頑張ってオンラインゲーム上でテキストメッセージつかって意思疎通をしていました。


最後のほうには外人とチーム組んだりできるようになりました。このときに外人から言われて覚えた単語はmother fuckerでした。そうです、実はあおられていただけだったのです。


同時にインターネットで洋楽に触れるようになりました。


中一の時に、海外のLinkin ParkというバンドにYoutubeで出会い、歌ってみたいと思ってYoutubeで検索すると、なんと英語の歌詞の翻訳もあるわけです。
なんてこった、これなら意味を学びながら歌えるぞ。と思い、ひたすら夜学校から帰ってきたらネットで単語を調べて歌っていたわけですね。歌詞も50曲くらい全部覚えました。


さらに、ネットで英語のアウトプットもするようになります。


自分が学んだ英語を使ってオリジナル曲を作りたいと思って、英語の曲を中2の時に書いてYahoo知恵袋に投稿したのですが、

余計なお世話かもしれないのですが、貴方は英語で作詞するには少し無理がある気がします。(失礼かと思いますが)文法的なことは当然ながら、(英語の)歌詞が表面的で全く心に届きません。もちろんリスナーが日本人だけだったら雰囲気で誤魔化せるかも知れませんが...

とガチレスされて、間違っている英文法とか、なぜ間違っているのとかを知らないおじさんがネットで教えてくれました。


そんなこんなで、インターネットで実際に英語を使わざるを得ない環境と、明確に英語を使いたいと思う動機が生まれてから、自然に単語を覚えて、英語の成績だけはうなぎのぼりに上がっていきました。なんぜインターネットのおかげでWriting、Speaking, Reading, Listeningがすべて鍛えられたのですから。


同時に、学校のカリキュラムとか関係なく、中学を通り越して高校生レベルの英文法、単語まで学べてしまうわけです。小学生のころから大っ嫌いだった勉強が、中学生では英語のおかげで大好きになりました。


さらに、一つの科目が得意になると、自分には「できるんだ」という自信がつき、全く手を付けなかった勉強に少しずつ手を付けるようになりました。成績も小学生とは比べ物にならないくらいあがりました。


悪いことをすることもなくなり、委員長だったり、生徒会とかもやるようになりました。
このとき、僕は思いました。


最初から勉強したくて勉強する人なんかいない。
だけど、ほんとうになにかやりたいことが見つかったとき、
その夢をかなえる手段として勉強ではなく、学び始める。
そしてインターネットには、やる気さえあれば、無限の世界へ連れてってくれる可能性があると。

高校時代は、学校よりもはるかに優れた教育コンテンツがあふれている恐ろしい時代になっていた


高校一年生の時には、スマホ元年でして、僕も初めてのアンドロイド端末を持つことができるようになりました。


生徒がネット端末を持ち歩ける時代。連絡先がLINEで交換するようになり、赤外線通信が淘汰されはじめたころ、僕が目の当たりにしたのが、先生の価値転換でした。


基本的に一方通行の授業しかしないのが学校の教育です。
教科書以上の教員の付加価値といえば、教科書以外の知識を持っていることでした。


それが、スマホの普及によって先生の特権がなくなったのです。なぜなら、Wikipediaを見れば教科書以上の知識なんてそこらじゅうに落ちているし、授業が分かりにくければ、教育Youtuberを頼れば済んでしまうから。





適切に得たい情報が言語化できて、かつ「ググる力」さえあれば、実質教師をインターネットで代替できるようになったのです。「知識」という教師の特権が、グローバル化の流れでなくなってしまったのです。


つまり、コンテンツだけであれば、もう学校に頼らずとも、すべてインターネットで完結してしまうのです。


それにインターネット学習で得たもう一つの大きなメリットは、時間、空間を選ばないところでした。


それこそ小学生ぐらいからそうでしたが、僕は人の話を30分以上聞くのが本当に苦手で、一方通行の授業は常に内職をしていないと心が落ち着かないタイプでした。だからそもそも集団授業の工場型の教育に全く向いていませんでした。


高校生になって、ある日突然「インターネットでも学校の授業と同じことが十分できるのでは?」と思い、意を決して、高校三年生の時にはほとんど学校に行かなくなりました。


思った通り、インターネットがあったから授業はいつでもどこでも何回でも受けられるし、好きな場所で勉強にできるようになりました(毎日マックで勉強していました)。学校で60分授業を聞くのと同じ時間で、その分野の授業を倍速再生で20分、Wikipediaで情報集め20分、演習20分に使えるようになったのです。圧倒的な効率化が図れるようになりました。


自分で学習管理して、勉強するようになってからは、倍速で成績があがっていきました。本当にやるべきこと、やりたいことだけに専念できるようになりました。


喜ばしいことに、MARCHは全部受かり、上智とICUに合格しました

インターネットは、学校システムから外れた人でも道を与えてくれる


小学生のころの友達には、「小学生の時あんだけ勉強できなかったのに、嘘みたいだね」
と言われることが多いですが、これも全部インターネットのおかげだと思います。
生まれてくる時代を間違えていたら、間違いなく落ちこぼれになっていたと思います。


僕みたいに座って人の話を聞いているのが本当に苦手な人にでも、インターネットは生きる道と可能性をあたえてくれました。自分が学びたいと欲していれば、無制限に知識を与えてくれるのはインターネットのすごいところだと思います。


AI、認知科学の研究者のスガタ・ミトラ氏は、「インターネットを介した「学び」は既存の教育を消滅させる」と言っています。消滅するかはおいておいて、こういう選択肢の多様性があることに、感謝しなければなと思います。

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